もう何年も前、機会があってスウェーデンの田舎にある古いルター派の木造の教会堂を訪ねたことがある。堂内の正面には祭壇と十字架があり、その少し手前の左手高い位置に説教壇がくっついている。祭壇の右手は説教壇と対峙するかのようなボックス席があって、その地の領主がすわったそうである。
中世から近世にかけてのヨーロッパ・キリスト教社会では、国中が建前上全員がクリスチャンであることになっていたから、日曜日には町中の人が教会に集まってきた。その中には、名ばかりのクリスチャンも相当の割合でいたはずである。領主にとっては、礼拝の場に出席することは公人としてのお勤めであったし、牧師が体制批判をしないかチェックするためでもあったろう。一般人にとっても教会に定期的に通わないことは社会人としてまともではないという見方がされていたわけだから、とにかく教会には集まった。教会に集うことが「広き門」である社会ではそういうことになる。牧師が、そういう人々に説教をし続け、そういう人々を導き続けるのは、どれほど困難なことだっただろうか。また、国教会主義のもとにある安定した職業としての公務員としての牧師というのはどういうものだったのだろう。どこまで主イエスに忠実であることが可能だったろう?
現代の日本の多くの教会の置かれた社会状況と、かつてのヨーロッパのキリスト教社会の教会との置かれた社会状況とはまるで違っていた。そのことをスウェーデンの田舎の礼拝堂の中でまざまざと実感させられた。それと同時に、異教国日本の貧しい教会の牧師たちはなんと幸せなことかと思った。なぜなら、私たちは、基本的には真に主イエスを信じ、主を求めている人々からなる会衆に対して説教をすればよいのであるから。クリスチャンが奇異な存在と見られるような地域では、教会の門は「狭き門」であり、その狭き門をあえてくぐって来る人々は、真剣に主イエスを求める人々であるからである。
「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。
神の国はあなたがたのものである。」ルカ6章20節