苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

母のこと    召天者記念礼拝のあとに

 


 信州に伝道に来て十八年目になる。長男が小学校に上がる春、娘が生後三ヶ月、そして、病身の母を連れての出発だった。最初は小海町の開発公社の借家を用いての集会だった。この借家がすき間だらけで寒かった。
 氷点下十五度をくだるこの地で、母は凍てついた道で二度骨折した。一度は肋骨。一度は手首。九州は博多に生まれ育ち、結婚後、六十代半ばまで神戸で暮らした母にとって、信州の山里の冬は厳しかったろう。それでも母は、私たち家族といっしょにここに暮らせたこと、開拓の群れに一人二人とともに礼拝をささげる友が起こされて来たことを喜んで、最後まで「ありがとう、ありがとう」と言っていた。
 信州での一年半の生活の後、ある主日の前の朝、突然、母は天に召された。くも膜下出血だった。私どもの群れに丘の上の会堂が与えられたのは、それから七年後のことである。

  

病める母を寒き地につれて来しゆえに早く逝かせしかと残るわが悔い


 木の葉一枚落ちることも、御父の御許しなしにはありえない。まして・・・と信じているわが身であるが、息子として母の最期を振り返ると、ふとこんなことを感じる。でも、あっちは暖かいのでしょうね。

「御使はまた、水晶のように輝いているいのちの水の川をわたしに見せてくれた。この川は、神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れている。川の両側にはいのちの木があって、十二種の実を結び、その実は毎月みのり、その木の葉は諸国民をいやす。のろわるべきものは、もはや何ひとつない。神と小羊との御座は都の中にあり、その僕たちは彼を礼拝し、御顔を仰ぎ見るのである。彼らの額には、御名がしるされている。夜は、もはやない。あかりも太陽の光も、いらない。主なる神が彼らを照し、そして、彼らは世々限りなく支配する。」黙示録22:1−5