雨はもうほとんど降りやんだが、ときおり軒から雨だれが落ちていた。ともだちは、それぞれおかあさんたちが雨傘を持って迎えに来てくれて、みんな帰ってしまった。
「おかあちゃん、まだかな・・・。」と、古い園舎の窓のへりに両ひじをついて外をのぞくと、庭のすみにぽつんとひとつびわの実が落ちていた。白灰色の風景のなかに、びわの色が浮かんでいる。蜜柑ほど鮮やかでなく、やわらかくくすんだ色のびわの実は、ごく薄い白い毛でおおわれていて、いく粒かの雨のしずくがくっついて光っている。
「せんせい。もう雨がほとんどふってないから、ぼく、走ってかえるわ。・・・それから、あのびわの実をください。」
思い切ってそう言ってみた。すると、先生は空を見上げて、「いいですよ」とおっしゃった。わたしは、園庭に出ると、びわの実をひろった。手にひんやりと冷たいが、ふわっと毛の感触がする。やさしい色をしていた。「気をつけてね」という先生の声を背中で聞きながら、わたしはそのびわの実を押し頂くようにして持って、家に駈けて帰った。
須磨教会の千鳥幼稚園の園児だったときの思い出。最近のびわは小さくなったなあといつも感じる。それは、わたしにとってびわの実は、あの日、小さな手にしたびわの実だからなのだろう。
震災前の須磨教会・千鳥幼稚園(金斗鉉さんによる)