苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

久しぶりの授業

 昨日は房総半島のある教会でお話。今日は、久しぶりに千葉ニュータウン東京基督神学校で伝道に関する授業。
 神が我々に与えた使命は、伝道と社会的責任である。両者ともにおろそかにしてはならないし、不可分である。不可分であるが、特別恩寵である福音を託されている教会としては、あえて優先順位をつければ伝道>社会的責任。
 伝道には、すべての人に福音を聞かせることと、悔い改めた人々を弟子とすることという二つの内容があり、この両者ともにおろそかにしてはならない。えてしていずれかをおろそかにしがちであるが。
 伝道とは、主の羊を主の御声つまり福音で呼び出すことである。主の御声以外の声で呼ぶと、主の羊ならぬものがついて来て、教会は主の羊の群れでなく動物園になってしまう。だから福音を正確に把握することがたいせつ。
 では、相手がどんな文化に属する人であろうと、伝えるべき不変の福音とはなにか?福音とは、「神に対する悔い改めと主イエスに対する信仰」である。
 伝道をするには、一般恩恵の器に特別恩恵を入れて提供する必要がある。しかし、特別恩恵である福音をコンテクスチュアライズしてはならない。コンテクスチュアライズしてよいのは、福音伝達の方法である。福音をコンテクスチュアライズすると、それは「異なる福音」すなわち異端となる。
 
・・・そういうお話をした。
 昨日、今日、少し、くたびれた。