国家には二つの顔がある。ひとつは神が立てた権威として世俗領域を治めるというものである。その意味では、我々はキリスト者として国家を尊重する義務がある。国家のもうひとつの顔とは悪魔の道具と化して、自らを神格化して全体主義・軍国主義に陥って神の民を弾圧するというものである。国家が悪魔の道具と化し、真の神への信仰に対する法的な制限が加えられるという事態にいたったとしても、なお我々が神の民として実行しなければならないことを、聖書の人物をあげて簡潔に確認しておく。3点である。
1.ダニエル:真の神のみを礼拝する
a.偶像礼拝は拒否する。(ダニエル3:10−12)
「王よ。あなたは、『角笛、二管の笛、立琴、三角琴、ハープ、風笛、および、もろもろの楽器の音を聞く者は、すべてひれ伏して金の像を拝め。ひれ伏して拝まない者はだれでも、火の燃える炉の中へ投げ込め』と命令されました。ここに、あなたが任命してバビロン州の事務をつかさどらせたユダヤ人シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴがおります。王よ。この者たちはあなたを無視して、あなたの神々に仕えず、あなたが立てた金の像を拝みもいたしません。」
b.真の神を礼拝し続ける。(ダニエル6:6−10)
「それで、この大臣と太守たちは申し合わせて王のもとに来てこう言った。「ダリヨス王。永遠に生きられますように。国中の大臣、長官、太守、顧問、総督はみな、王が一つの法令を制定し、禁令として実施してくださることに同意しました。すなわち今から三十日間、王よ、あなた以外に、いかなる神にも人にも、祈願をする者はだれでも、獅子の穴に投げ込まれると。王よ。今、その禁令を制定し、変更されることのないようにその文書に署名し、取り消しのできないメディヤとペルシヤの法律のようにしてください。」
そこで、ダリヨス王はその禁令の文書に署名した。ダニエルは、その文書の署名がされたことを知って自分の家に帰った。──彼の屋上の部屋の窓はエルサレムに向かってあいていた。──彼は、いつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた。」
2.使徒ペテロ:伝道
われわれは、たとえ国法で禁じられても、伝道は続けなければならない。
「そこで彼らを呼んで、『いっさいイエスの名によって語ったり教えたりしてはならない』と命じた。ペテロとヨハネは彼らに答えて言った。『神に聞き従うより、あなたがたに聞き従うほうが、神の前に正しいかどうか、判断してください。私たちは、自分の見たこと、また聞いたことを、話さないわけにはいきません。』」(使徒4:19−21)
「彼らが使徒たちを連れて来て議会の中に立たせると、大祭司は使徒たちを問いただして、『あの名によって教えてはならないときびしく命じておいたのに、何ということだ。エルサレム中にあなたがたの教えを広めてしまい、そのうえ、あの人の血の責任をわれわれに負わせようとしているではないか。』ペテロをはじめ使徒たちは答えて言った。『人に従うより、神に従うべきです。 私たちの父祖たちの神は、あなたがたが十字架にかけて殺したイエスを、よみがえらせたのです。そして神は、イスラエルに悔い改めと罪の赦しを与えるために、このイエスを君とし、救い主として、ご自分の右に上げられました。私たちはそのことの証人です。神がご自分に従う者たちにお与えになった聖霊もそのことの証人です。』」(使徒5:27−32)
3.ダニエル:取り成しの祈り
先祖の罪に対する連帯的責任の意識と祈り。
「私たちは罪を犯し、不義をなし、悪を行い、あなたにそむき、あなたの命令と定めとを離れました。私たちはまた、あなたのしもべである預言者たちが御名によって、私たちの王たち、首長たち、先祖たち、および一般の人すべてに語ったことばに、聞き従いませんでした。主よ。正義はあなたのものですが、不面目は私たちのもので、今日あるとおり、ユダの人々、エルサレムの住民のもの、また、あなたが追い散らされたあらゆる国々で、近く、あるいは遠くにいるすべてのイスラエル人のものです。これは、彼らがあなたに逆らった不信の罪のためです。【主】よ。不面目は、あなたに罪を犯した私たちと私たちの王たち、首長たち、および先祖たちのものです。あわれみと赦しとは、私たちの神、主のものです。これは私たちが神にそむいたからです。」(ダニエル9:5−9)