苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

宮村先生との出会い(その5 一部再録)

説教の代読――人格は目的として
 奉仕神学生になって、主の日の朝は、青梅キリスト教会小作集会所にTCCの神学生三人と通うことになった。うち二人は青梅キリスト教会出身だった。当時、青梅キリスト教会は隣町の小作に牧師の家をもって、そこで開拓伝道を始めたところだった。私は朝の教会学校の礼拝と主日朝礼拝は小作でささげ、昼食から青梅の会堂に移り、いろいろな兄弟姉妹との交わりに加えていただいた。時には病気の方を訪ねて家庭集会にも出かけることもあった。夕礼拝には宮村先生がウェストミンスター信仰告白の講解をしてくださった。そのあと、青年たちみなで毎週小作の宮村先生宅で夕食をおなかいっぱいごちそうになった。さらに、宮村先生は信徒対象に玉川直重さんのテキストをもちいてギリシャ語の手ほどきをしてくださった。
 水曜日の祈祷会には宮村先生はレビ記の講解をしてくださった。私にとってはそれまで読むのが苦行でしかなかったレビ記が、いのちあることばとして、人生を導き教会を生かすことばとして語られるのが大きな魅力だった。
 主日朝の礼拝では使徒の働きが連続講解されていた。宮村先生は青梅キリスト教会と小作集会で交互に礼拝説教をなさっていて、先生がいらっしゃらないほうの礼拝では木村執事が宮村先生の説教原稿を代読するという奉仕をなさっていた。代読という礼拝説教がありうるのだということを私はこのとき初めて経験した。代読ではあったが、木村執事の取り次がれる説教は生き生きとしていて、ときに宮村先生の語り口よりも力強くさえあった。
宮村先生の説教は、ふしぎである。連続講解をうかがっている一回一回は、その場ではさほど感動しないことが多い。テキストの構造を云々なさったりして講義調で、エレガントな文学的な表現を用いられるわけでもない。正直言うと、むしろあの鼻声の語り口調がときどき眠りを誘うこともあった。私の後に奉仕神学生として青梅に行った友人はもっと重症で、一度、先生から相談されたことがある。「○○君は、毎週礼拝のとき熟睡しているんです。家内は、いつ彼が椅子から落っこちるかとはらはらしています。それで、もしかしたら何か病気じゃないかと家内が心配して、水草君に聞いてみたらどうかというので・・・。」ということだった。○○君は病気ではなかった。ただ神学校の勉強がきつくて睡眠時間が足りないところに、先生の声が心地よすぎたのだろう。ところが私自身経験したことなのだが、宮村先生の聖書講解は、聞いたそのときどきは特別な思いがしなくても、これを聴き続けて半年ほどたつと、ものの見え方、考え方、生き方にあきらかな根本的変化が生じてくるのである。熟睡している場合の睡眠学習効果の有無は定かでないが、この感化力はいったいなんなのだろうか。
 さて、私が小作集会に通い始めて三ヶ月ほど経ったとき、宮村先生はおっしゃった。
水草君に説教の代読の奉仕をしてもらおうと思っています。けれども、わたしは決して、君を私の説教を伝えるための手段にしたいとは思っていません。人格は手段にはしてはならず、つねに目的として扱うべきからです。」
 その言い方はご自分に言い聞かせるような調子だった。このことばの意味も、言われた当初、私には十分には理解できなかった。というのは、罪赦された罪人にすぎない自分は、神様の奴隷であり、道具として用いていただけるならば、それで十分だというふうな考えだったからである。しかし、宮村先生は、この説教代読にあたる奉仕者を単なるテープレコーダーとして扱うことにならないために、説教原稿を二週間前には渡してくださって、代読者からの質問を受けたりして、代読者が単なる読み手ではなく、十分に自分の心からのことばとしてその奉仕をすることができるように配慮してくださったのである。
 「人格の内にある人間性を、常に同時に目的として扱い、決して単に手段としてのみ扱うことのないよう行為しなさい。」というのは哲学者カントのことばであるが、主への奉仕という名の下に、神がご自身のかたちとして造られた人間を非人格的にあつかう危険がありがちなことを先生は意識していらしたのであろう。
 付け加えておきたいことだが、後々、宮村先生の新約神学や聖書解釈学を学ぶなかでわかってきたことは、説教の代読というのは単に複数の集会を同時に可能とするため、やむをえない手段として取られた方法ではなかったということである。むしろ先生の新約学者としての確信に基づいた方法だったのだと私は理解している。新約聖書に含まれる使徒たちの多くの書簡は、初代キリスト教会の時代、各地の教会に回覧され礼拝で朗読され、神のことばとして聴かれ、そして実を結んだという事実に基づいている方法なのである。むろん使徒本人が神のことばを生でとりつぐのを聞くことができるというのは、幸いなことであったけれども、たとえばパウロについていえば、彼の手紙は重みがあって力強かったけれども、実際に会って聞いた話は弱弱しく、その話しぶりはなっていなかったとさえ言われている(Ⅱコリント10:10)。説教代読のほうが、むしろ宣教において効果的でさえある場合もあったというのである。(つづく)