苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

新型コロナいろいろ

 このところ、どういうわけか「はてなブログ」にログインすることができず、メモすることができませんでしたが、きょうは何とかログインできたので、少々メモしておきます。

 新型コロナ騒ぎはますます世界に広がっていますが、ほんとうの終息は、集団免疫が構築されることによるのだそうですね。学者によってちがうのですが、全人口の5割とかあるいは7~8割が感染すると、感染の拡大は止まるだろうということだそうです。安全に感染するにはワクチン接種によるのがよいわけですから、ワクチンの開発が待たれるわけです。先日見たニュースでは、ワクチン接種が可能になるのには、順調にいって2,3年かかるとのこと。しかし、その免疫も何十年という効き目があるのか、1年程度しかないのか不明です。毎年だとしたら、たいへんですね。

 最近のニュースで驚いたのは、新型コロナウィルス肺炎と呼んでいたけれど、今回の病気の本質は呼吸器系のものではなく、静脈にできる微小な血栓であるので心血管系のものなのだということです。イタリアの医師たちが言っていることだそうです。もしそうだとすると、比較的安価な抗炎症剤が治療に用いうるとかいうことです。とにかく新しい病気なので、わからないことがあるのですね。血栓、新型コロナで検索すれば、いろいろ出ています。

 社会現象として心に留まったのは、今回のことで在宅で仕事をする人々が激増し、子供たちも登校できずに家にいるので、家族の交わりが密になってよい面があると言われている反面、家庭内暴力が増えているということです。怒りっぽいお父さんは危険だから、会社にいたほうが安全だと家族に思われるとしたら、残念なことです。しかし、我が国の特に首都圏の住宅事情からいえば、家に書斎があるお父さんというのは少ないでしょうから、お父さんも気の毒です。

 そして、地球環境について考えさせされたこと。生産活動・経済活動がガクンと落ち込んだおかげで、大気汚染が相当に抑制されたということです。たとえば、中国の二酸化炭素排出量は25%減少したそうです。こういうことを見ると、地球温暖化で地球環境そのものが壊れてもはや住めない状態になりそうでも、経済活動を抑制しないできない愚かな人類のために、新型コロナががつんとしてくれたのだろうか・・・などと考えさせられます。けれども、事態が収束すれば、またガンガン経済活動をしてV字回復するぞ、と経済界は言っているわけです。

 教会では、新型コロナ対応として、礼拝プログラムのネット配信とかZOOMの利用といったことをみながせざるをえなくなっています。苫小牧の教会は高齢者が多いので、だんだん車も運転できないような兄弟姉妹がふえていくなかで、そうした方たちがどのようにしたら生涯礼拝者として歩みとおすためにお手伝いができるだろうと苦慮していましたが、ネットの利用ということは、ひとつの有効な手段だということで光を見た思いでいます。