苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

飯塚勝久先生

 最近、大学時代、お世話になった飯塚勝久先生の本『ヨーロッパ精神史』を手に入れて、その序文を読んでみて、ああ私は幸運だったなあという思いになった。思想史でもなく哲学史でもなく「精神史」と題されたのは、たいていの啓蒙主義に無自覚的に凝り固まってしまった学者たちと異なり、先生はヨーロッパを知るためには、キリスト教神学も視野に入れておかねばならないという観点をもっていらしたからである。

 哲学は、中世においては神学の婢として扱われたことへの反発から、近世・近代・現代になると理性の自律というドグマによって神学からの分離独立を図り、聖書と神学を嫌悪し、そのうち聖書にも神学にも無関心・無知になってしまった。もしそういう啓蒙主義に染まり切った教師のもとで学ばねばならなかったとしたら、大学時代、私はさしたる収穫を得ることのない学びしかできなかったことだろう。

 私がつくことができた飯塚先生は、そのような視野の狭い学者ではなく、フランス哲学を専門とされる方であったが広い視野を持っておられた。先生は若い日にはサルトルを読んでおられ、ライプニッツもご存じで、私がお世話になったころにはジャンセニスムというアウグスティヌス復興主義の研究をなさっていた。それで、ジャンセニスムの深い影響を受けたパスカルを卒論のテーマとして選んで、私は論文を書くことができたのだった。ワープロもパソコンもない時代、万年筆で原稿用紙にひたすらに書いたら膨大な量となってしまった。

 飯塚勝久先生は御存命だとのことなので、私の書いた小さな本を差し上げようと思っている。