苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

弱さを誇る

もしどうしても誇る必要があるなら、私は自分の弱さを誇ります。(2コリント11:30)

 リオにおけるオリンピックはきのう終わったのかな。そこでは、より高く、より速く、より強く、より美しくある者が勝者となった。自分の弱さを恥じ、自分の強さを誇るのが普通である。だが、使徒パウロはコリント教会の兄弟姉妹に向かって、自分の弱さを誇っている。コリント教会のなかには肉の誇りの問題があったから。そして、肉の誇りは分裂や争いを引き起こし、けっして神の栄光をあらわすものとならないから。
 また、「肉体のとげ」に苦しんで癒しを求めたパウロは癒しを受けられず、主から「わたしの恵みはあなたの十分である、というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである」という御声を聞いたという。彼はキリストの力が自分をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょうという。

 たしかに自分の健康・体力・知力などに自信があるとき、神に頼ることをついつい忘れて傲慢になってしまう。五十を過ぎて、からだに弱さを感じ、しぜんにいつも胸のうちで「主よ」と呼びながら奉仕するようになったのもまた恵みなのだと感謝する。