通読箇所 マタイ18:15-35、出エジプト10,11章
「モーセとアロンは、パロの前でこれらの不思議をみな行った。しかし主はパロの心をかたくなにされ、パロはイスラエル人を自分の国から出て行かせなかった。」(出エジプト11:10)
飛蝗の害にやられて、パロの家臣たちも、「このままではエジプトの国が滅びてしまいます。モーセたちを行かせてください。」とパロに諫言するようになった(7節)。だが、パロはますます頑なになって行き、暗闇、そしてついに初子がことごとく打たれるという災いへと進んでいく。この十番目の主からの恐ろしい災いは、エジプトがイスラエルの男の子を虐殺した(1章)ことに対する、主のさばきなのだろう。
パロの頑なさは異様である。彼は当初「頑なになった」のだが、やがて「主がパロを頑なにされた」という記述が目立ってくる。ここにすでに主のさばきが始まっている。主に対して頑なになってはならない。自分でもその頑なさをほどくことが出来なくなってしまう。
「きょう、もし御声を聞くならば、
荒野での試みの日に
御怒りを引き起こしたときのように、
心をかたくなにしてはならない。」ヘブル3:7,8