苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

シャカの道1・・・・原始仏典と大乗経典

 先日、関西の福音主義神学会で奈良の牧師が仏教について発表をなさったとうかがった。そのレジュメを拝見すると、キリスト教と比較して仏教をうんぬんするのではなく、仏教の内容をほとんど知らされていない仏教徒に、開祖であるシャカの教えに照らして、日本の仏教を知ってもらうことが大事だと書かれてる。そういうものか、と思ったので、以前にメモしたごくかんたんな仏教の概要を何度かに分けて、ブログに掲載したい。
 第一回目は、仏教のよりどころになっている経典について。仏典は大別して、原始仏典(阿含経)と呼ばれるものと、大乗仏典と呼ばれるものとがある。なお仏教の開祖については、ゴータマ・シッダールタとか、シャーキャムニとか、釈尊とかいろいろ呼ばれ方があるが、ここでは、引用文以外は、一番なじみのあるシャカという呼称で統一する。


*原始仏典(阿含経典群)

 原始の仏教経典とは、「紀元前6世紀から5世紀の仏陀、シャーキャムニの言行録や、仏陀をめぐる事件の記録と信じられているものである。それらは律・経・論の三部(三蔵)にわけられるが、その第二の『経』が教理や思想の根幹であることはいうまでもない。直接の記録とはいっても、仏陀の説法がすぐに速記されたのではなく、仏陀が世を去ったのちの弟子たちの会合において結集されたものが、数百年の間弟子から弟子へただ記憶によって伝えられ、そののち文字に移された」(中公世界の名著『バラモン教、原始仏典』長尾雅人p53 )ものである。
つまり、原始仏典にこそシャカが語り教えたことが、口伝の時期が相当あったとはいえ直接に記録されているということができる。この原始仏典は阿含経典群のことである。


*大乗仏典

 一方、大乗経典の最初のものは『般若経』である。大乗経典の代表的なものは『維摩経』、『華厳経』、『大無量寿経』、『阿弥陀経』『観無量寿経』、『法華経』、『涅槃経』、『勝鬘経』など。これらを作った人々はだれであるかは明らかではない。シャカ没後その墓(仏塔)参りに来る人たちに、おシャカ様の偉大さを墓守が話しているうちに数百年も立つと、いわば超人シャカ伝説がふくらんで信仰となっていったのであろうと推測されている。大乗経典は早いもので紀元前1世紀ごろから、そして遅いもので紀元後6、7世紀にかけて作られたと言われる(ひろさちや『仏教・人間の救い』p122) 。
 だから、大乗仏典はシャカが教えたことが書かれているのではなく、シャカ没後六百年頃から千二百年頃までに、シャカに仮託して作り上げられた思想文学であるというのが、仏教学会の結論である。「仏教の経典に対する文献学的研究では、大乗仏教の経典は釈尊の般涅槃から数百年後に編纂され、釈尊に仮託された思想文学であるという結論が支持されている。」(wikipedia「大乗非仏説」)
 中国や日本の仏教の各派はそれぞれ大乗経典に根拠を置いている。たとえば、天台宗日蓮宗は『法華経』に、華厳宗は『華厳経』に、浄土宗や浄土真宗派『大無量寿経』その他の浄土経典に根拠を置いている。


 したがって、本来、シャカの教えた救いがどういうことかを学びたければ、我々は大乗仏典ではなく、原始仏典を読まなければならない。