苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

長い歴史と伝統?(その1)

 自民党議員西田昌司氏の「主権は国民にはない日本が長年培った伝統と歴史に主権がある」という発言の背景には西部邁、そして英国の保守思想の父エドマンド・バークがある。
 バークはフランス革命における合理主義で伝統的価値を全否定した人民主権説を非難し、民族・国家の伝統はその歴史のなかで培われたものであり、軽々に合理主義で否定すべきものではないとした。 他方、英国に起こった名誉革命をバークは擁護する。それは、英国には1215年のマグナカルタ以来、国王の権限を領主・臣民が制限するという数百年の伝統があり、この伝統を国王が破ったせいで起ったのが名誉革命だからだという。目先のことしか見えない理性より、長年の民族の経験に培われた伝統に、より真実なものがあるというのが、バークの保守思想である。
 筆者も、いままで何度か書いたように、フランス革命の指導思想であるルソーの革命思想とそれに内包されるデカルトの合理主義には、以前からかなり疑問を持っている。「三角形の内角の和は180度」といった明晰判明な真理以外はいっさいナンセンスとするデカルト的な偏頗な理性にとっては、伝統的価値のいっさいは無意味であるから、フランス革命は王制も教会も叩き潰すことができた。そして、革命はおびただしい血が流される内ゲバの経過をたどることになる。
☆参照「フランス革命と理性崇拝」http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20101219/p1

 では、こうしたバークの保守思想を背景として、西田氏が「日本が長年培った伝統と歴史」というのは具体的には何を意味しているのか?憲法改正案に表現されているところを見れば、それは第1条の天皇元首化、第3条の国旗国歌尊重義務、第102条天皇憲法に超越させるということである。要するに氏のいう伝統とは明治憲法天皇主権思想であろう。
 だが、いったい、これがわが国の「長きよき伝統」といえるだろうか?天皇を中心とする「国家神道」は明治初期の急ごしらえの新宗教にすぎなかった。明治憲法はその公布が1890年で失効したのは1945年だから、たかだか55年間にすぎない。長さでいえば、日本国憲法は1946年に公布されてすでに66年間の伝統がある。しかも、日本国憲法の淵源は改憲論者がいうようにGHQではなく、明治初期の自由民権運動である。
☆参照http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20121217/p1
 日本は明治維新後、明治憲法教育勅語軍人勅諭を精神的支柱として、富国強兵政策を採り、戦争に明け暮れる歩みを続け、ついには1945年の敗戦を迎えた。そうした歴史的反省もせず、戦前の日本は「美しい国」だったというロマンチックなノスタルジーで、現憲法を骨抜きにして明治憲法化をすることは愚かに思えてならない。西田氏の信奉するという英国保守思想の父エドマンド・バークは、こんなことも言っている。「歴史とは、注意を怠れば、我々の精神を蝕んだり幸福を破壊したりするのに使われかねない」(『フランス革命省察』p177)