苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

奥の細道が

 昨日、中学生のクラスで『奥の細道』の冒頭を読んだ。「月日は百代の過客にして、行かふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらへて老を迎ふる物は、日々旅にして旅をすみかとす。古人も多く旅に死せるあり。」
 芭蕉は、古来多くの歌人たちに詠まれてきた奥州の歌枕の地にあこがれて、「春立てる霞の空に、白河の関越えん」とこころざし、三里に灸をすえるやいなや「松島の月まづ心に」かかったという。読みながらあらためて気づいたのだが、芭蕉が松島へ向かってたどろうとしていた道は、千住、日光、黒羽、白河の関須賀川、二本松、福島と、まさに今で言う福島県中通りだった。東京電力福島第一原発事故放射能は、この奥の細道を汚染してしまったのである。原発事故が破壊するのは、今生きている私たちの生活だけではない。もし、それだけなら、カネで賠償すればすむこととされるかもしれない。だが実際には、原発事故は何百年も千年も前から継承されて来た文化・歴史というものを汚し、破壊してしまう。
 昨年の原発事故以来、経団連の会長がしばしばニュースに出演して、ひたすら、「原発をやめたら景気が悪くなるぞ」「原発なしでは夏を越えることはできないぞ」「原発をやめたら電気代が二倍になるぞ」「原発を外国に売れ」などと政府を脅し続け、政権に見切りをつけたらしく今度は自民党に圧力をかけている。(ちなみに、試算では原発を続けても電気代は一・七倍。それなら脱原発して二倍でいいという国民が大半だろう。)あのご老人がいうことはデマだらけだが、彼の眼中には目先の金儲け以外には何も入らないらしいという事実だけはよくわかった。
 人の命、先祖から受け継いで来た田畑、私たちの文化や歴史など買うことのできないものまで、原発は汚し破壊してしまうのである。たかが電気のために、これほどの犠牲を払う必要はない。電気をつくる方法はほかにもたくさんあるのだから。

    散歩道で見つけたアカタテハ


追記
 今朝、自民党総裁に返り咲いた安倍氏が、福島第一原発にさっそく訪問という記事を見つけた。
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012100301001655.html
おお、意外だ。さっそく、自分が福島第一原発事故の責任者ですと、お詫びをしにいったのか?と一瞬思ったが、お詫びではなくて選挙向けの自己宣伝のためにすぎなかった。やっぱり、安倍心臓ですね。
http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20120926/p1