苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

アガパオーとフィレオーの区別は無意味?

 ヨハネ福音書の最終章、主イエスがペテロに再び伝道者としての召しをおあたえになった対話の中で用いられた、「愛する」と訳されるアガパオーとフィレオーということばについてメモしてみる。とりあえず、口語訳本文に加工して書いてみる。

21:15彼らが食事をすませると、イエスはシモン・ペテロに言われた、「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する(アガパオー)以上に、わたしを愛する(アガパオー)か」。ペテロは言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛する(フィレオー)ことは、あなたがご存じです」。イエスは彼に「わたしの小羊を養いなさい」と言われた。
21:16またもう一度彼に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛する(アガパオー)か」。彼はイエスに言った、「主よ、そうです。わたしがあなたを愛する(フィレオー)ことは、あなたがご存じです」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を飼いなさい」。
21:17イエスは三度目に言われた、「ヨハネの子シモンよ、わたしを愛するか(フィレオー)」。ペテロは「わたしを愛する(フィレオー)か」とイエスが三度も言われたので、心をいためてイエスに言った、「主よ、あなたはすべてをご存じです。わたしがあなたを愛している(フィレオー)ことは、おわかりになっています」。イエスは彼に言われた、「わたしの羊を養いなさい。 ・・・」

 私が学生時代に朝岡茂牧師からうかがった説教では、次のように教えられた。
<アガパオーの愛(名詞アガペー)とは、相手の反応がどうあれ一方的に注ぎだす神的な愛を意味し、フィレオーの愛(名詞フィロス)は相互的な兄弟愛を意味する。
 主イエスは、最後の晩餐の席上、自信満々にイエスのために命も捨てると言いながらいざとなるとイエスを三度否んだペテロに対して、君はアガペーの愛でわたしを愛するのか?と問われた。すると、自分の弱さと罪を痛感していたペテロは、フィロスの愛をもって主イエスを愛しますと応えた。つまり、『私は、あなたの愛に支えられて、あなたを愛します。』と応えた。
 すると、三度目には主イエスは、ペテロに『きみはフィロスの愛でわたしを愛するか』と言われた。つまり、主イエスはペテロの弱さを受け入れて『わたしが君を愛し支えるから、きみもわたしを愛してくれるか』と言われた。>と。

 その後、榊原康夫先生の本で、次のような趣旨のことが言われていたと記憶する。<当時、イエス様とペテロが用いていたのはアラム語であって、アラム語では愛するということばにアガペーとフィロスの区別はないから、ヨハネ福音書末尾の両者の対話で二つのことばの違いから、いろいろ解釈することは意味が無い。>
 私はこの説は無茶だと思う。この説が正しいとすると、聖霊新約聖書を書きしるす言語としてギリシャ語を用いたことは無意味になり、新約聖書ギリシャ語本文を、丁寧に釈義することはほとんど無意味になってしまう。聖霊福音書記者を動かして、ギリシャ語でこの本文を書くように導き、件の箇所において日本語では愛すると訳される二つの異なることばを用いたことには、それなりに意味があったと思う。
 筆者には学問的にいえないけれど、日本語で説明するならば、次のようになる。主イエスはペテロに「君はわたしを一方的注ぐ神のような愛をもって愛するのか」と二度聞き、ペテロは二度「わたしは確かにあなたを愛しますが、あなたに愛されてこそ、あなたを愛してゆけるのです。」と応え、三度目はイエスはペテロに「わかった。わたしの愛で君を支えるから、君はわたしを愛するか。」とおっしゃった。・・・これを、福音書記者はギリシャ語に訳すにあたって、アガパオーとフィレオーということばを用いて表現した。・・・このように理解すべきであると思う。つまり、朝岡先生に教えていただいたのが正解だと思う。<追記>
 ちなみに、イエス様がどういう言語を用いていたかについては、アラム語説、ヘブル語説両方あるそうである。文書としてはほとんどヘブル語だが、日常的に話されていたのはアラム語だったという言文不一致状態だったのかもしれない。使徒の働きを見ると、ヘブル語を解さないユダヤ人たちが初代教会に相当数いたとも記されていること、あるいは、パウロエルサレム神殿で騒動になったときヘブル語で語り始めると、その荘重な雰囲気に一同が静まったことなど、当時のパレスチナの言語状況は結構複雑である。一つの言語で通用している日本ではちょっと考えにくいが、今日でも多言語が用いられている社会は外国ではいくつもある。<追記2>
十字架上に掲げられた罪状書きがヘブル語、ギリシャ語、ラテン語で記されたというのですから、ラテン語も支配者のことばとして公用語であったわけです。<追記3>
ちなみに、古代においてコイネーギリシャ語が地中海世界の共通語であったということを書いたものを読んだことがありますが、それは言い過ぎで、東地中海世界ではそうであったというべきだと思います。西地中海世界の共通語はラテン語であって、ギリシャ語ではありませんでした。アウグスティヌスギリシャ語が読めませんでしたから、聖書や東方の文献をラテン訳で読んでいました。