苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

13 神の選びの器


    ネゲブ砂漠の太陽熱発電(光でなく熱)

20:1 アブラハムは、そこからネゲブの地方へ移り、カデシュとシュルの間に住みついた。ゲラルに滞在中、20:2 アブラハムは、自分の妻サラのことを、「これは私の妹です」と言ったので、ゲラルの王アビメレクは、使いをやって、サラを召し入れた。

 高台からソドムの低地を見渡すと、あたりはまるでかまどのように、いたるところから煙が立ち昇っている。立ち上った煙を通して見る朝日は異様な赤みを帯びている。と、呆然とするアブラハムの足元がにわかに突き上げ、ついで前後左右に揺れた。彼は立っておられず地に四つばいになった。長い揺れだった。揺れがやむと彼は落ち着きを取り戻した。揺れがやむとアブラハムは家に取って返し、一族の者たちに命じた。
「天幕をたため。さあ、ただちにこの地を離れて南に旅立つのだ。」
 アブラハムは自ら天幕をたたみ、一族の先頭に立ってエジプトとの国境に近いネゲブの地へと移住した。いつまた大地が口をあけるか、火と硫黄が降り注ぐかわからない、ソドムのそばには住むことが恐ろしかった。またソドムの記憶から逃げだしたかったのである。
 「あなた、何を見たの。ソドムの谷はどうなっていたの?」旅の途上、妻が声をかけてもアブラハムは黙りこくっていた。彼の心は恐怖と深い絶望にとらわれていた。あの、あちこちから黒い煙が立ち昇るソドムの惨状が脳裏から離れない。彼は神に心閉ざした。そして、アブラハムはここネゲブのゲラルで二十五年前に犯したのと同じ過ちを犯してしまう。つまり、妻サラを妹と偽って保身を図ったのである。アブラハムは神を信じているときには、誰よりも勇敢で英雄的行動を取る男だったが、神に背を向けるときただの臆病な老人になってしまうのだった。
 今回、なにも知らずに自分の妾にとサラを召しいれたゲラルの王はアビメレクという。サラが彼の屋敷に召しいれられたとたん、屋敷の女という女は一人残らずからだに変調を来たしてしまった。「はて、どうしたことか・・・」と思い巡らしながら床に就いたアビメレクの夢の中に神が現れた。夢の中、アビメレクはひれ伏した。神は言われた。
「あなたが召しいれた女のゆえに、あなたは死ななければならない。あのサラという女は夫のある身である。」
 アビメレクは震え上がった。
「主よ。あなたは正しい国民をも殺されるのですか。彼は私に、『これは私の妹だ』と言ったではありませんか。そして、彼女自身も『これは私の兄だ』と言ったのです。私は正しい心と汚れない手で、このことをしたのです。」
神はアビメレクにに仰せられた。「そうだ。あなたが正しい心でこの事をしたのを、わたし自身よく知っていた。それでわたしも、あなたがわたしに罪を犯さないようにしたのだ。それゆえ、わたしは、あなたが彼女に触れることを許さなかったのだ。
  今、あの人の妻を返していのちを得るがよい。アブラハム預言者であって、あなたのために祈ってくれよう。しかし、あなたが返さなければ、あなたも、あなたに属するすべての者も、必ず死ぬ。」
 翌朝、アビメレクは、目が覚めると、事の次第を一族の者たちに説明した。一族のものたちは恐ろしさに震え上がり、「王よ。あの女をアブラハムに返してください。」とすがりつくようなまなざしをして叫んだ。そこで、アビメレクはただちにサラをアブラハムに返した。
 このときアビメレクはアブラハムを呼び寄せて憤りをぶつけた。「あなたはどういうつもりで、自分の妻を妹だなどと偽ったのだ。私はそれを知らずに、あなたの妻を我がものとし、罪を犯すところだったではないか。」
 アブラハムは答えた。「この地方には、神を恐れることが全くないので、人々が私の妻のゆえに、私を殺すと思ったからです。」
 なんという非礼な返答であろう。アビメレクは喉から『では、自分の妻を妹と偽って保身を図るような男は神を恐れていると言えるのか』という言葉が出そうになるのを我慢した。アブラハムはアビメレクのそんな思いに気づきもしないようで、ぶつぶつと言い訳を続ける。
 「それに、ほんとうに、あれは私の妹です。あの女は私の父の娘ですが、私の母の娘ではありません。それが私の妻になったのです。神が私を父の家からさすらいの旅に出されたとき、私は彼女に、『こうして、あなたの愛を私のために尽くしておくれ。私たちが行くどこででも、私のことを、この人は私の兄です、と言っておくれ』と頼んだのです。」
 事情を聞いて、まったく夢のお告げのとおりであったから、アビメレクはますます恐ろしくなった。彼は言った。
「わが一族の女たちのために祈ってくれ。あなたの妻が宮殿に入った直後から、女たちはみなからだがおかしくなってしまったのだ。」
「はあ・・・・。」依頼されたアブラハムは、気のない返事をした。
「『はあ』ではなくて、祈ってくれるのか。」アビメレクは念を押すように言った。
「ああ、まあいいですよ。」
 アブラハムは相変わらず虚脱状態だった。甥のロトもソドムの事件で失ったと彼は思いこんでいたし、脳裏にかまどのようになったソドムの光景が浮かぶとなお身の毛がよだつ。「祈り祈りとはなんだ。自分が神に祈ったとて、なにが起こるというのだ。ソドムは滅び、ロトも死んだ。ああ、もうたくさんだ。」とアブラハムの心はすねていた。だが、まあ行きがかり上、祈らねばなるまい、とアブラハムは立ち上がると、天を仰いだ。そうして、主に向かって呼ばわり祈り始めた。
「主よ。万物を司りたもうお方よ。
 我らにいのちを与え、またいのちを奪い給う恐るべき偉大なる神よ。
 アビメレクの家の女たちを、その病から解放させたまえ。」
 ぽつりぽつりと祈り始めたのだが、祈っているうちにアブラハムの胸の内には名状しがたい主に対する熱い思いがあふれてきた。失われた信仰と力とが湧き上がってくるのをからだに感じた。天の雲が開け、ここに主の臨在があることを感じた。王アビメレクはかたわらで恐れおののいて伏している。
 こうしてアビメレクの家の女たちは癒された。主は生きておられる。アブラハムがいかに弱り果てていようとも、アブラハムを選んだ主は生きておられる。アブラハムは、やはり神の選びの器だった。