苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

ずっとウソだった     斉藤和義

 斉藤和義というロック歌手の歌を聞くのは初めてだった。唱歌や歌謡曲しか歌わない筆者はそもそもロックというのが、中学時代から苦手だった。だが、この歌には胸打たれた。自分のたいせつな歌『ずっと好きだった』を犠牲にまでして、この歌を歌わずにはいられなかったことに、斉藤さんの深い悲しみと憤りを感じた。電力会社から圧力がかかって干されてしまうという大きなリスクを敢えておかしての行動である。だが斉藤さんは身辺に気をつけたほうがよい。



     ♪ずっとウソだった 斉藤和義

この国を歩けば、原発が54基
教科書もCMも言ってたよ、安全です

俺たちを騙して、言い訳は「想定外」
懐かしいあの空、くすぐったい黒い雨

ずっとウソだったんだぜ
やっぱ、ばれてしまったな
ホント、ウソだったんだぜ
原子力は安全です

ずっとウソだったんだぜ
ほうれん草食いてえな
ホント、ウソだったんだぜ
気づいてたろ、この事態

風に舞う放射能はもう止められない
何人が被爆すれば気がついてくれるの?
この国の政府


この街を離れて、うまい水見つけたかい?
教えてよ!
やっぱいいや…
もうどこも逃げ場はない

ずっとクソだったんだぜ
東電も、北電も、中電も、九電も
もう夢ばかり見てないけど

ずっと、クソだったんだぜ
それでも続ける気だ

ホント、クソだったんだぜ
何かがしたいこの気持ち
ずっと、ウソだったんだぜ
ホント、クソだったんだぜ

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 この歌はNHKが報道しなかったという4月10日の高円寺の15000人ほどの反原発デモでも歌われた。もしかすると斉藤さんの歌の歌詞に顔をしかめる「良識的」なクリスチャンが多いかもしれない。たしかに口汚いと感じる部分はなくはない。だが筆者はむしろ彼の勇気にエールを送りたい。
 ベトナム戦争時代、米国の若者たちは平和の思想的拠点をキリスト教会に求めようとした。ところが、当時、米国の教会は戦争を遂行する国家体制の一部にすぎないものとなってしまっていた。若者たちはキリスト教会に失望し、その平和運動の思想的根拠をインドの行者の瞑想に求めたり、ネイティヴ・アメリカンの呪術や麻薬に求めるようになった。
 脱原発は左翼だといって、ことがらを矮小化・政治化することしかできない人々がいる。間違いである。あのデモには高齢者もいれば、乳母車を押すお母さんたちも加わっていた。もし、このたびの福島における多くの犠牲から、なんの教訓も得ず、原子力利用について悔い改めることをしないならば、左翼も右翼もノンポリも関係なく子々孫々放射能の害に犯されることになる。日本の教会は、勇気ある若者たちを失望させてはならない。彼らのご機嫌を取れというのではない。神のことばに耳を傾け、これを語り、祈るべきことを祈り、行動せよと言っているのである。


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