苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

中世教会史12 キリスト論論争と西欧の成立・教会の東西分裂(その2)

(1)フィリオクエ論争
 (注:小海キリスト教会HP「牧師の書斎」「教会史講義ノート」のこの箇所には東方と西方をとりちがえたまちがいがあるので、ここに訂正しておきたい。)

 聖霊の父および子との関係についての東西教会を分けるに至る要因のひとつとなった論争である。聖書は、<聖霊は父から出ている>と教えている。ヨハネ15:26「わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。」。これを受けて、ニカイア信条は、「聖霊は「主にして命を与えるお方」「礼拝され、崇められる」お方として、父と子と同質であり、「父から発出する」と告白していた。
 だが、聖書にはもう一方で<聖霊は子からも出ている>と語っていると解される箇所がある。ヨハネ16:14「御霊はわたし(イエス)の栄光を現わします。わたしのものを受けて、あなたがたに知らせるからです。」,同20:22「そして、(イエスは)こう言われると、彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。』」
 フィリオクエ(filioque)というのは「子からも」という意味のラテン語。filius(御子は)が主格で、その与格がfilio(御子から)である。queという接尾辞は、also(〜も)を意味することばである。それで「filioque(子からも)」論争と称される。


Et in Spiritum Sanctum, Dominum et vivificantem, qui ex Patre procedit.
(そして、聖霊、すなわち主でありいのちを与えるお方を信ず、このお方は父より出でた。)


 ところが、589年トレド会議で西方教会は、<父と子より発出する助け主として、東方教会と合意ないままにニカイア信条に付け加えた。

Et in Spiritum Sanctum, Dominum et vivificantem, qui ex Patre Filioque procedit.
(そして、聖霊、すなわち主でありいのちを与えるお方、この方は父と子より出でた。)


 しかし、西方教会の付け加えたfilioqueは東方教会からは受け入れられなかった。


追記東方教会はもともと具体的な救いの経綸の中に現れた父と子と聖霊から神を捉える傾向があるので、父と子と聖霊それぞれのヒュポスタシス(適当な訳語がない)が確かなものとして把握され区別がはっきりしている。 これに対して、西方では、アウスグティヌスは本体論的・思弁的に三位一体を捉えようとした。彼の『三位一体論』第8巻では「愛する者」「愛される者」両者を結ぶ「愛」という三つ組に三位一体を見ている。さらに第15巻では1ヨハネ4:7,8の解釈をして、三位一体のうち第三位格である聖霊こそ「神は愛である」という神のことであると説いている。つまり、愛する者としての父と愛される者としての子を結ぶ愛としての聖霊という捉え方である。
 東方教会の経綸的な観点からの聖霊のとらえかたからすれば、アウグスティヌス聖霊というのは、父と子の関係性としか見えないうらみがあり、ヒュポスタシスがあいまいだと見えるであろう。だが、それ以上に東方教会が問題としているのは西方教会が勝手にfilioqueを付け加えたことだった。というのは、東方教会も、聖霊は「父から、子を通して」出るという理解をしていて、西方教会同様、聖霊は父と子で関係の仕方は異なるものの、両方に関係していることを認めているからである。(以上追記


(2)フォティオスの分裂1054年
 800年、シャルルマーニュカール大帝)によって西ローマ帝国が再建された。西方教会は、その後ろ盾を得て、もはや東方のビザンチン帝国の支援を必要としなくなったので、東ローマ帝国東方教会から独立を志すようになった。また聖画像の使用をめぐる論争で、東方教会は皇帝の操り人形であると西方教会は不信感を持つようになっていた。さらに、コンスタンティノポリス総主教フォティオスは、ニカイア信条に西方教会が勝手にfilioqueを書き加えたという理由で、西方教会全体を異端と宣告した。こうして東西教会の最終的分裂は1054年にやってくる。東方教会は、西方が種なしパンを用いていること、聖職者の独身制を定めていることは間違いだと指摘する。西方は、反論し、さらに東方では皇帝が教会に対して権威を持っていることを非難する。

注:シャルルマーニュはフランス風、カール大帝はドイツ風、チャールズ大帝はイギリス風,カルロス大帝はスペイン風の呼び方。ただしシャルルマーニュ大帝といってはいけない。マーニュmagneがgreatという意味であるから。あえていうならば、シャルル大帝というべき。「ローランの歌―フランスのシャルルマーニュ大帝物語 」という本があるが、ちょっと恥ずかしい。たぶん本屋の販売促進の都合で、こんな題にされたのだろう。
 ちなみに、ジャン・カルヴァンはフランス風、ジョン・カルヴィンはイギリス風でよいけれど、ときどき見かけるジャン・カルヴィンとか、ジョン・カルヴァンはいただけない。まるでブルー・シャトウみたいではずかしい。


(3)神学的おまけ:filioque問題の現代神学における重要性――聖霊受肉した御子の霊であること
 東方教会は、聖霊は「父から、子を通して」出るという理解をしている。したがって、西方教会同様、聖霊は父と子で関係の仕方は異なるものの、両方に関係している。しかし、強調点として父に発出の起源ということを置くため、子を通してという点が弱い。そのため、聖霊と汎神論的な宇宙霊とが混同される危険がある(ユルゲン・モルトマン『いのちの泉』参照)。
 キリスト者霊性と異種の霊性との区別の第一のポイントは、キリスト者の「霊性」において、人の霊を革新する神の霊とは、「『アバ、父』と呼ぶ御子の御霊」(ガラテヤ4:6)すなわち「子とする御霊」(ローマ8:15)であるということである。聖霊ナザレのイエスとして受肉した御子の御霊であるという事実の認識が、異種の霊性との区別のためには決定的に重要なのである。キリスト者霊性における神の霊とは、諸宗教に共通する漠然とした「世界霊」ではなく、歴史の中にナザレのイエスという具体的なお方として受肉した御子の御霊なのである。
 ここで重要なのは「ニカヤ・コンスタチノポリス信条」におけるフィリオクエ条項、つまり、聖霊は父のみならず「子からも」出たという点である。というのは、「父から出た聖霊」という表現で、被造物にいのちと秩序を与えた神の霊を指すだけでは、聖霊と汎神論的「世界霊」との区別がいかにも不明瞭だからである。父から出て万物を創造した聖霊は、歴史の中にあのナザレのイエスとして受肉した御子の霊であることが、聖霊と汎神論的「世界霊」との識別の鍵である。
 東方教会のフィリオクエ否定論に親近感を抱くJ.モルトマンは、地球規模の環境保全に神学的視野を拡大しようという意図から、「神の大地の聖なること」「『産み出す母』としての大地」を強調している 。その論述は慎重で誤りとは即断しがたいが、聖霊と汎神論的「世界霊」との区別性をあいまいにしていることに関しては批判されるべきである。聖書は、この世の霊と神からの霊の区別を明確にせよと命じているからである。その識別法とは、グノーシス主義について警告を発しているヨハネの手紙第一に記されるように、ナザレのイエスとして受肉したキリストを告白するか否かということにほかならない。
「愛する者たち。霊だからといって、みな信じてはいけません。それらの霊が神からのものかどうかを、ためしなさい。なぜなら、にせ預言者がたくさん世に出て来たからです。人となって来たイエス・キリストを告白する霊はみな、神からのものです。それによって神からの霊を知りなさい。イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。」(1ヨハネ 4:1―3)