苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

新改訳聖書

頭の一新によって

ローマ書12章2節 <新改訳>「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」 ローマ書は11章までは教理…

理にかなった礼拝

ローマ12章1節 <新改訳> そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。 「霊的な…

神であり救い主であるキリスト

Ⅱペテロ1章1節の翻訳について比較してみよう。 文語訳 我らの神および救主イエス・キリスト 口語訳 わたしたちの神と救主イエス・キリスト 塚本訳 我らの神と救い主イエス・キリスト 前田訳 われらの神また救い主イエス・キリスト 新共同 わたしたちの神と救…

「何を知るか」でなく「どのように知るか」

以前にもこのブログで一度とりあげたことがあるのだが、新改訳聖書のなかで気になっている個所のひとつが、第一コリント8章2節である。「人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。」とあ…

「だから・・・」の省略はいかがか?・・・マルコ2:28

(イエスは)また言われた。「安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために造られたのではありません。人の子は安息日にも主です。」(新改訳2:27,28) 黒崎新約註解の六邦訳付きでは、ひとつだけが他の訳とちがっていると、たいへん目立つ…

ブログ紹介「聖書翻訳について」

『聖書翻訳について』というブログを見つけた。筆者はyoshihirano氏という聖書学者ではないと自称する人。氏は、口語訳、新改訳、新共同訳、NIV、NKJV、TEV、KJV、NASB、岩波書店訳、田川訳などを比較して、それぞれの翻訳についての感想を淡々と述べている…

省略してほしくなかった代名詞・・・マタイ28:5、ルカ12:27,28

<日本語では英語とちがって主語である代名詞が省略される場合が多いが、それはギリシャ語でも同じである。ただギリシャ語の場合、代名詞を省略しても動詞の形が主語の人称と数とによって異なっているので、日本語のように主語があいまいになって取り違える…

お奨め 黒崎幸吉「註解新約聖書 6邦訳併記付き」WEB版

26日から新改訳聖書の翻訳についてメモしているが、こういう作業において改めて便利だなあと実感しているのが、WEB版「黒崎幸吉新約註解 6邦訳併記付き」です。http://stonepillow.dee.cc/index.html

パンはなくとも・・・マタイ4:4

福音派で新しい聖書翻訳事業がスタートするそうである。筆者は語学に決して堪能ではないけれど、一応聖書言語を学ぶ機会に恵まれて、牧師として聖書に取り組んで毎週説教準備をしてきて、気になるところがやはりあるものである。それは、きっと筆者だけでは…

うなぎがこわい?・・・出エジプト32:9

新改訳聖書にかんして、筆者が「この訳語なんとかしてくれ!」といつも思わせられるのは、「うなじがこわい」という訳語である。「まんじゅうがこわい」にならって、「うなぎがこわい」というのではない。たとえば、出エジプト32:9「主はまた、モーセに仰せ…

七つの御霊?・・・黙示1:4

新改訳でこれはどうかな?と思うところとして、黙示録1章4節の「七つの御霊」がある。 新改訳 「ヨハネから、アジヤにある七つの教会へ。今いまし、昔いまし、後に来られる方から、また、その御座の前におられる七つの御霊から」 新改訳はプネウマを文脈に応…

我らに罪を犯す者を我らが赦す「ごとく」(その2)

(きょうは妻と野辺山の樹氷の林をぬけて、川上村の家庭集会に出かけました。) 新改訳 「私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。」 口語訳 「わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負…