苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

思い出

前任地から記念文集が届く

きょう、前任地、長野県にある小海キリスト教会から、25周年記念誌が届きました。たくさんの写真が掲載されていて、開拓当初から私たちが去った3年前のころ、私たちが小海を去った後の洗礼風景、子どもたち、兄弟姉妹の楽し気なようす、そして昨年11月…

神学生たちの思い出

今日は安息年研修で来ているM牧師と朝は教会のトイレにペーパータオルフォルダー3個の取り付け作業をしました。お昼、家内が作ってくれたお弁当を食べたあとは、卓球をやりました。私が2連勝したあと、M牧師2連勝。前半スマッシュがよく決まったのですが、後…

種をまき続けるなら

(前任地、長野県南佐久郡小海町の小海キリスト教会が25周年記念文集をつくるそうで、そのための寄稿を昨年秋に求められていたのを忘れていて、慌てて今日書きました。そういえば、5年ごとに文集を作っていました。) 小海町馬流元町の借家で集会を始めて、1…

イチローが走っている山

NTT西日本のCMでイチロー選手が走っている山は、私の故郷、神戸六甲山系の高取山に見えます。たぶんそうです。この山の南山麓にあった長田高校の山岳部の友人はこの山に「高ラン」と称して駆け上っていました。この北山麓には妙法寺小学校がありました。そう…

悲しみと喜び

ずいぶん前に、たしか植物学に通じた加藤正義という方の文章で、故安藤仲市牧師にかんする印象深い思い出を読んだことがあります。ある日の午後、加藤さんが後ろに二人の子どもを乗せて世田谷で車を走らせていたら、子どもが「あ、安藤先生だ!」と叫んだそ…

博多の大濠公園訪問

九州佐賀でのKGK春季学校のご奉仕を終わって、帰り道、福岡博多の大濠公園に立ち寄りました。私が育ったのは神戸ですが、母の実家がこの公園の近所にあって、小学一年生のころ来たことがあるんです。訪問は、五十年ぶりのことです。桜が満開で、よい陽気にさ…

幼稚園時代の先生からのたより

久々に手に取った万年筆で幼稚園時代の先生に手紙を書いたら、お返事をいただきました。私は神戸市須磨区にあった日本基督教団須磨教会付属千鳥幼稚園のなでしこ組のときの担任の先生で、まもなく77歳を迎えられるそうです。 明るくて筋のとおった先生でいら…

「あなたはどこにいるのか?」

次の主の日「あなたはどこにいるのか?」という題で、創世記3章から夕礼拝の説教をする予定です。このことばを読むとかならず思い出すのですが、説教にはふさわしくないのでお話したくてもできないことがあります。 学生時代にキルケゴールを教えてくださっ…

拾得物

小学生のころ、兄はときどき「十円玉拾った」と言って交番に届けては、きれいな十円玉に交換してもらって帰ってきた。ぼくはうらやましくて、いっしょうけんめい探したが犬のウンチしか見つからなかった。そんなもの交番に持っていくわけにも行かないし、新…

朋あり遠方より来る

ふるさとの高校時代の同級生の友人M君とRさんが、連休の中日にはるばる小海線に乗って訪ねてくれた。M君とは13年ぶりであり、Rさんとは高校卒業以来だから35年ぶりということになる。M君は、Rさんたち6人で今回の連休を小淵沢ですごしていて、その合間…

ふるさとの海

(須磨海岸と鉢伏山) 兄と須磨の海岸に出かけた。子どものころ、よく歩いて須磨海岸まで泳ぎに行ったものだった。海の水は子どものころに比べると、格段にきれいになっている。当時は、なりふりかまわぬ高度成長期で海も汚れていた。須磨の海岸から南に向け…

戦争にまつわる記憶

筆者は1958年、昭和でいうと33年生まれの戦後世代である。「もはや戦後ではない」と言われたのが1956年だから、戦後世代と言わず、高度成長期世代というのかもしれぬ。だが、まだ幼い頃には戦争のにおいが残っていた。(以下通信小海118号から) 小学一年生…

国文学者をめざした頃

筆者が生まれ育ったのは須磨で、小学生4年生までは平家ゆかりの須磨寺町に住んでいた。須磨寺は真言宗の本山のひとつであったから、かなり広い境内だった。寺の伽藍からかなり離れた場所にあった我が家も地代を寺に納めていたから、本来の境内地はさらに広大…

僕の青春はカエルだった

中学二年生から高校三年生まで、なぜかモリアオガエルを追っかけまわしていた。当時、住んでいた神戸の須磨に禅昌寺という寺があって、境内の幼稚園の小さな池にモリアオガエルが生息していた。中学2年生の春、第二理科部(生物部)だった私と友人のK君とI…