苫小牧福音教会 水草牧師のメモ

聖書というメガネで、神が造られた世界と人間とその歴史を見てみたら、という意識で書いたメモです。

司法について

司法の腐敗

通読箇所 マタイ26:47−68、出エジプト4,5章 マタイ26:59 さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える偽証を求めていた。 権力や暴力や金銭の力が物を言うこの世にあって、司法は、ただ法に照らして正邪を判断することを務めと…

砂川事件判決とは

政府は、砂川事件判決を「集団的自衛権行使容認」の根拠だと主張していますが、ほんとに根拠になりうる判決なのでしょうか? 「そもそも総研」でわかりやすく解説していますので、リンク先を下にかかげておきます。ご覧になればかわるように、違憲政府ですね…

司法権の独立・・・福井地裁樋口裁判長

憲法76条3 すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。 樋口英明裁判長は、昨年5月原子力ムラに不利な判決を出したせいで、今年4月1日付で名古屋家裁への左遷という露骨な降格人事がされていたそうです。…

高浜原発 再稼働認めない仮処分決定  4月14日 福井地裁樋口英明裁判長

上に行くほどだめだけれど、地裁レベルの司法は生きていましたね。62歳、樋口英明裁判長。 以下引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 4月14日 14時04分NHKニュース 高浜原発 再稼働認めない仮処分決定 福井県にある高浜原子力発電所の3号機と4号機について福井地方…

「たかが総理大臣ごときが・・・」の真意

この話のなかで三重県松坂市市長山中光茂氏が、「たかが総理大臣ごときが憲法解釈の最終判断はできない」と言っているのは、最初聞いたときには、煽るためにあえて不遜なことばを用いているのかなあと思ったのですが、二度目に聞くと、そういう面も少々ある…

「9条で集団的自衛権行使は不可能」と最高裁判事

最高裁判事として、あたりまえのことを、あたりまえのように発言しただけでしょう。 あたりまえでないことを、無理やり押し通そうとする変な人たちが、「意趣返し」だとかくだらないことを言っている。

こういう裁判官がいた

最高裁、法の番人が法を破ったら

無罪判決が出た小沢氏を強制起訴した検察審査会は、実は、架空だったそうである。最高裁が無作為に選んだ11人の検察審査員たちが、二回とも平均年齢が小数点以下二位までぴったり同じだったということは、昨年秋ごろラジオで聞いた。こんなことは確率的にあ…

荊冠の王

マタイ27:11−31 マルコ10:42−452012年4月1日 受難週主日 小海 「27:11さて、イエスは総督の前に立たれた。すると総督はイエスに尋ねて言った、「あなたがユダヤ人の王であるか」。イエスは「そのとおりである」と言われた。 27:12しかし、祭司…

裁判員制度に関する聖書的観点からのメモのまとめ

またも、冤罪再審が認められた。報道を見る限り、どう考えても無罪だろう。無罪であろうから「あかずの扉」と呼ばれる再審が認められたのである。それにしても恐ろしいことである。警察、検察、裁判所はいったいなにをしているのだろうか。 一昨年秋、裁判員…

判事、大学教授たちの責任

以前にも一度取り上げた記事だが、再掲する。〜〜以下引用〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 TBSニュース(2011年4月27日23:15) 巨大地震が起こったら原発は大丈夫か?安全性については、これまで何度も法廷で争われてきました。全国8か所の原発で、…

原発と裁判官

経済産業省官僚や原発推進大学教授たちが、天下り先として原発関連企業を用意していることは羞恥いや周知の事実であるが、なんと原発の危険性をめぐっての訴訟で、電力会社側に勝訴させ原発推進のお墨付きを与えた最高裁判事までも、原発企業に天下っていた…

トンチンカンな検察

2月24日、地検特捜部の取調べの全面可視化の求めに対して、検察は現場検察官の裁量で一部分のみ録音録画するという回答を出したと報道されている。検察はこの可視化の意図が、まったくわかっていないらしい。全面可視化を求めているのは、検察官が自分たちに…

炭鉱のカナリヤ 2.11集会

この冬、信州は雪が少ないなと油断していたら、2月11日は朝からドカ雪になり、今朝12日も降り続いている。昨日午前中、教会の庭と道路とこの丘に登ってくる坂道の雪かきをして、午後、佐久市の野沢福音教会で行なわれた「信教の自由を守る日2.11集会」に出か…

司法の正常化のために祈ること

「そこで、まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。」(1テモテ2:1) 検察が村木元厚生労働省局長をでっちあげで罪に陥れようとした…

罪人が罪人をさばくシステム

「さばいてはなりません。あなたがたもさばかれないためです。」と主イエスはおっしゃった。これは人には寛容であれという、個人の生き方を教えているところであって、裁判所を否定することばではない。イエスご自身、ユダヤとローマの裁判に服されたし、聖…

検察特捜部の取調べの実態

元福島県知事佐藤栄佐久氏は、ご自分が経験した、東京地検特捜部の取調べの実態について、公式サイトで次のように伝えている。抜粋して引用しておく。 (引用始まり)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 真実を貫こうとして…

メモ13 裁判員の適性

先にメモ5で、裁判員制度との関連で刑務官について書いた。<江戸時代まで刑務官に対する差別が社会にはあったが、それは不合理なことである。古代イスラエルにおける民衆による石打の刑という処刑方法は、特定の人にこの血なまぐさい仕事を委ねるのではな…

メモ12 裁判員制度の長所・短所・・・・官僚裁判官の欠陥

井上薫、門田隆将『激突 裁判員制度』で、裁判員制度について井上氏が挙げる問題点を三つメモしておく。 第一は、裁判は法律に基づいてなされるべきであるのに、当の裁判員になる人たちは法律の素人である。 第二は、裁判にあてる期間が3日から5日間ときわ…

メモ11 官僚裁判官の最大関心事

メモ7において、今回スタートした裁判員制度の欠陥として、裁判官が「見えないワイロ」を受け取る政府・企業・大銀行を被告とする民事裁判においてこそ、裁判員制度が活用されるべきなのであると書いた。けれども、刑事裁判においても同様の事情があるという…

メモ10 死刑制度の是非 その3

ローマ書13章4節が、少なくともその時代における死刑制度を容認していた事実は認めざるを得ない。しかし、それが積極的承認であって時代と文化を超えた通則として語られているのか、それとも、それは消極的容認に過ぎないものなのか。文脈からは、二通りの答…

メモ9 死刑制度の是非 その2

ローマ書13章は、神が剣の権能を上に立つ権威に授けていると述べている以上、死刑を容認していることは認めざるを得ないと思う(他の解釈の可能性があると思われる読者はぜひコメントをください)。では、これを時代・文化を超えた普遍的原理として積極的に述…

メモ8 死刑制度の是非

「裁判員制度を聖書で考える」という枠からやや外れるかもしれないが、やはり裁判員となった場合、非常に難しい問題であるので、ここで取り上げておきたい。国際的には死刑制度にかんする廃止の流れが強いという事実や、死刑には犯罪抑止力があるかないか、…

メモ7 裁判員制度の欠陥

詩篇では神のことを、「みなしごの父、やもめのさばき人は聖なる住まいにおられる神。」(詩篇68:5)と呼ぶ。また、出エジプト記には次のようにある。「あなたがたの神、【主】は、神の神、主の主、偉大で、力あり、恐ろしい神。かたよって愛することなく、…

メモ6 応報刑か、教育刑か

司法による刑罰には応報刑という考え方と教育刑という考え方がある。意味は読んで字の如しであるが、一応説明すれば、罪に応じて報いとしての罰を与えるというのが応報刑であり、今後、罪を繰り返さぬように教育として罰を与えるというのが教育刑である。 旧…

メモ5 裁判員の抵抗感

制度は発足したが、自らが裁判員となって、被告の有罪・無罪を判断し、量刑をするということに、非常な抵抗感を覚える人々も相当数いることは容易に想像できる。特に自分が参加した裁判によって、一人の人が死刑にされる場合、自分が人を殺したことになると考…

メモ4 個人生活と公的なことと

主イエスと同じように使徒パウロも、一方で「愛は寛容である」と赦すことのたいせつさを説きつつ、正しいさばきについて説いている。教会における戒規については1コリント5章、6章を参照されたい。ではパウロはこの世の法廷についてはなにを教えているだろう…

メモ3 正しいさばき

「さばいてはいけません。さばかれないためです。」(マタイ7:1)この主イエスの山上の説教の断片を根拠にして、裁判員になることに躊躇を覚えたり、辞退するキリスト者がいるかもしれない。しかし、主イエスは一切の「さばき」という行為を否定していらっし…

メモ2 国民の代行者としての裁判官

国家の任務とはなにか?ローマ書13章によれば、国家は、国民の宗教生活・家庭生活・仕事がまともに営まれるための外的条件を、暴力装置による秩序維持と徴税・富の再分配によって維持することをその任務としている。司法は暴力装置による秩序維持という機能の…

メモ1 国家とその役割

裁判員制度発足後、初の公判が現在進行中である。ローマ・カトリック教会は、政教分離原則に反する可能性が高いとして聖職者たちに裁判員になることを辞退するように勧告し、一般信徒に対しては、司祭に相談してよいと述べ、特にカトリックの見解としては死刑…